再びシャーロッツヴィルでの乱闘について

シャーロッツヴィルと言えば、トーマス・ジェファーソンの館モンティ・セロや、彼が創立したとされるヴァージニア(州立)大学に近い(ヴァージニア大の寄宿舎もある)。
その寄宿舎に8月17日頃になると、寮生がそろそろ戻ってきた。
ヴァージニア大のキャンパスでは、先週末「右よ集まれ!」(Unite the Right)のスローガンを掲げた白人至上主義者ら数百人がデモって、大荒れに荒れた。

今NPR(8月19日)は、そのヴァージニア大にいる1人の黒人女性に対し、この1週間をどう振り返っているか、インタビューしている。
彼女はヴァージニア大のキャンパス内にあるドームの中でも、騒ぎのあった場所に一番近い中央芝生に面した「歴史的な部屋」(Historical rooms)の1つに入っている。

午後8時ごろ、松明を持った彼らが来る旨の予告があった…そこで学生3人で部屋に鍵をかけ、燈を全て消し、郵便受けの隙間から覗いていた。
だから何が起こっていたか、すっかり見ている…白人至上主義者らは、『ヴァージニア大を選んだ…なぜなら、ここは左の連中の巣窟だからだ…』、などと叫んでいた
…実は前日の金曜日夕方、学生らは「ヴァージニア大の歴史にも拘らず、人種間の憎悪ではなく和解のために…」と、腕を組んで、芝生の上のヴァージニア大を作ったジェファーソンの像の周りに集っていた。

ここで彼女は、「生涯を通して600人もの奴隷を抱えたとされる人の作った大学に来ることには、厳しいものがあった…いつも付きまとう問題だ…」、とつけ加えた。

同じ8月19日、NPRはやはり奴隷問題に関連してハーバード大ロースクールの教授に、(アメリカで大変な尊敬の的となっている)「建国の父祖ら」と、南部連合のリーダーら(たとえばジェファーソン・ディヴィス(Jefferson Davis)とリー(Robert E. Lee)将軍など)との比較について質問している。

教授の答えは、ワシントンなど建国の父祖らと、南部連合のリーダーとの間には、明白な違いがあるという。

確かに、双方とも奴隷を抱えていた。その点での違いはない。
しかし、建国の父祖らは、その奴隷制を「悪だ!」、「やめるべきだ…」、などとしていた人が殆んどである。
これに対し、南部連合のリーダーらは、その基礎文書中に、これを、「自然なもの」(natural)と宣言していた [1]。

更に教授に言わせると、南部連合のリーダーらは何よりも、
「アメリカ合衆国に対して謀反の罪を犯した…これで建国の父祖とは、まるで別の人間(価値)として評価されよう…」という。

NPRの記者は、更に教授に質問する。

「これら南部連合のリーダーらの像は、南北戦争(を祈念して)の直ぐ後に作られた訳じゃないんですね?」。

「そうなんです。南北戦争のずっと後になって、ジム・クロウ体制(黒人を事実上、劣化市民として白人社会から劣る所に隔離した)を強制し、それに対し、その後、黒人らが平等のための公民権運動をするようになる…その頃になって、建立されたんです…その狙いは、黒人らに、この世(南部社会)は、「白人が主人だ!」、「白人の世界だぞ!」と宣言するためです」。




[1] NPRは、「南部連合のリーダーらが奴隷制につき宣言していた…」というようであるが、1861年1月29年の南部5州の宣言(Declaration of Causes of Seceding States)中では、テキサス州の宣言中でのみ、「不自然」(unnatural)の語を2回用いるだけである(それも、「連邦制」に対して用いている)。
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