プエルト・リコの特殊な立場

キューバの直ぐ東のカリブ海の島国プエルト・リコの名は、たまに耳にされよう。
1917年以来、グアムなどと同じように、一応、アメリカ合衆国の一部となってきた。

「一応」というのは、少しばかり説明を要する。
つまり、プエルト・リコの人々(多くがスペイン系、つまりラティノと呼ばれる人々で、言葉もスペイン語である)は、アメリカ合衆国の国籍は有するものの、投票権は有しない。
アメリカの大統領選挙、連邦議会の上、下両院の議員の選挙でも選挙権を与えられていない。

しかし、国籍を有することから、アメリカ本土への往来は原則自由で、現に数十万人がフロリダ、ニューヨーク、テキサスなどをはじめとする各州に移住しているし、その点からも人々は、現に、この合衆国国籍を大事に思っている。

問題はその先である。

数十年来、プエルト・リコの政治上の大問題となってきた。
今の、歴史を背負った中途半端な、半ば植民地的なテリトリに止るのか、それとも、合衆国の州に昇格するのか。
独立国になるのか、中間的なアメリカの連邦国となるのか、である。


20世紀中には、独立国を目指す運動がいくつか生じてきて、時に過激化し、トルーマン大統領の暗殺計画(1950年)や、その4年後の連邦議会での攻撃などに繋がっている。
しかし20世紀後半になるにつれ、独立国を目指す動きは衰えだし、アメリカとの関係の本格化を探る動きに変ってきた。
1つには、アメリカ大陸に住むプエルト・リコ人が増大したこと、更にプエルト・リコの財政が破綻状態で、合衆国が規制に乗り出さざるを得なくなったことがある [1]。

更に2016年には、アメリカ合衆国の公権を感じさせる合衆国最高裁での事件も生じている。

その判旨中に言う、
「合衆国最高裁が判決した以上、プエルト・リコの最高裁は、これを再判決することはできない…」。
この理論、つまり「一事不再議」(double jeopardy)のルールが宣言された。
国内問題と同じ扱いである [2]。

カーガン判事(Elena Kagan)は次のように論じて、この銃の不法所持事件を、「国内問題と同じ扱いである」との結論に導いている。
もし、プエルト・リコ法がアメリカ合衆国と一体となる前から存在する独自の権威に由来するならば、プエルト・リコが独自に公訴権を行使することに、一向に問題がない(丁度アメリカ・インディアンらが、ずっと有してきたように)。

しかし、と彼女は言った。
「プエルト・リコ憲法の改正は、アメリカ合衆国議会の承認の下で実現している。第一、1898年には、スペインの植民地であったのを、アメリカ合衆国が獲得して、今日に至ったのだ…」。


このアメリカ合衆国最高裁の判断で、現地が収まった訳ではない。
地元には地元の治安維持の問題がある。
こうした中、現地では現在の中途半端は止めて、51番目の州になることを望む声も強い。

しかしすべての人が同じ想いではない。
NPRは、プエルト・リコ議会下院のある議員の声も伝えている。

「今の状態なら、我々は我々の言葉も喋り、文化を保持し、ずっと大事にしてきたことをそのまま維持できる」。

彼は、「このような状態(free associationと呼んでいる)は、アメリカ合衆国議会も、むしろ歓迎するのでは…」と言っている。
その場合、アメリカ合衆国議会は、新たに2人の上院議員も、5人もの下院議員も、認める必要がなくなるからである。
彼は更に、「壁を作ろう…」と言っているような大統領が、スペイン語の州を設けることに乗り気になる訳がない、とも言う。



[1] 2016年に負債総額は700万米ドルに達し、自主的な財政権を大口債権者である合衆国の議会に取り上げられてしまった。
[2] 事件では、プエルト・リコ法(銃所持規制法)違反で若者が訴訟されたが、その者は既にアメリカの連邦法によって処分を受けていたとして、上記のような決定が下された(Puerto Rico v. Sanchez Valle, 579 U.S. (2016)。

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