プラザ・ホテル

ニューヨーク、マンハッタンのど真ん中にあるセントラル・パーク。
その緑が、市民のみならず、しばしの旅人の心も慰めてくれる。

その東南の角、59丁目を挟んだ南隣に建つ、フランスのルイ王朝風のお城を象った20階建てのプラザホテル。
その優美なファサードもまた、ニューヨークを訪れる人の心を和ませてくれる。

マンハッタンにある建造物では、グランド・セントラル・ターミナル駅とニューヨーク公共図書館と並ぶ価値のある建物とされ、1969年に、歴史的建造物に指定されるとともに、映画「我生き方」(The Way We Were)のロケなどで、有名な俳優らも泊まった建物になっている。
約1000室のこのホテルの建物は、1907年に立ち上って、当初から大変な評判でお客が殺到した。
最初の泊り客は、当時のアメリカ1のお金持ちとされた、ヴァンダービルト(Cornelius Vanderbilt)の息子、アルフレッドであった。

この建物が、一時トランプ氏の所有に帰していた。

トランプ氏は、1988年にこのホテルを約4億ドルで購入している。
流石の彼も、このホテルばかりは、彼の他の肝いりの物件のように、「トランプ」の名を冠することなく、徒前のまま「プラザ」とした。

「世界に通った名前だ…彼らには敵わない…」。
珍しく、こう言っている。彼は、妻のイヴァナ(元チェコスロバキアのスキー選手)をそこの社長として、その経営を委ねるとしていた。

ホテルは、ほんの前年(1987年)、日本の青木株式会社とテキサスの金持バス(Robert M. Bass)氏とが共同で、他のホテルチェーンと併せ、ウェスティン・ホテルから15億ドルで取得したばかりであった。
トランプ氏は、その後ホテルに5千万ドルをかけて改装し、かなりの成績も挙げていた。
しかし負債を賄うまでに至らなかったため、その49%の持分を銀行団に引渡すという「連邦破産法が得意の名手」として彼が自慢する、シティバンクを幹事行とする銀行団のリスケ案により、1992年に処分している。
その後、2000年代に入り、サウジの王子やイスラエルのデベロッパーなど、更なる外国の投資家の手を、いくつか経ている(その間、内部もかなりの部分が、コンドミュアムとして持分化された)。
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