アメリカでの人種と結婚

我々日本人が容易に「その身になって」、感じ考えられないことがある。
アメリカでの人種の問題、それも抽象的、観念的にではない、生きた日常生活の問題としてである。
その1つが、異人種結婚の現実である。
現実と言ったのには、それが法律(16の州の州法)では禁止されていたが、と言う意味である [1]。

これは、それでも違反して、結婚したそうした2人の話しである。
2人が寝ているベッドルームに午前2時に闖入してきた当局により、拘束された彼らは、今から丁度50年前の1967年の画期的な最高裁判例を造る運命になる [2]。

この50年を記念してNPRは、その最高裁判例が如何なるもので、如何に作られたか、更に今日のアメリカ社会での異人種結婚が、「如何に受け止められているか」、を伝える(6月12日)。

その最高裁判決まで、2人は10年近い歳月、何処からも、誰からも、何の手当を与えられることもなく、住んでいたヴァージニア州相手に法廷闘争を強いられた。
事は、1958年に遡る。
彼らは当時、異人種結婚を禁じていないワシントン地区(D.C.)へ行って挙式をし(結婚証明を取り)、ヴァージニア州セントラル・ポイントの住いに戻ってきた。
2人の寝込みを夜半に当局が襲ったのは、1週間後の7月14日であった。
理由は、異人種結婚を禁じる次のようなヴァージニア州法違反である。

そこに書かれていたのは、
「人種の純潔を保つため…」として、白人は、「コーカシアン(ヨーロッパ系白人)の血を受けた人とのみ結婚してよい…」、
「唯一の例外は、アメリカ・インディアンのポカホンタス(Pocahontas)族の血を受けた者で、それも16分の1以下でなければならない…」である [3]。

20世紀も後半に入り、しかも国内では1950年代から熱くなってきた黒人らによる公民権運動(African-American Civil Rights Movement)が実を結び、1964、5年と、アメリカの歴史上でも重要な公民権立法が相次いでいた一方、移民(帰化)法上も、「1790年以来白人のみOK」としていたのを、170余年ぶりに撤廃していた。そんな中での、この有様であった。
そこで立上ってくれたのが、アメリカ市民自由権連合(ACLU)の2人の若い弁護士であった。

NPRは、今はもう80を過ぎたその1人、ヒルシュコップ氏の写真とともに、彼らが最高裁で行った弁論も引用している。
ヒルシュコップ氏は、その3年前にジョージタウン大学のロースクールを出たばかりであった。
その彼が、並居る判事らの前で言っていた。

「このヴァージニア州は、何たる州であろうか。人種の混ることに対しては、何と1691年という古くから禁制にしていた…そればかりか、20世紀になってからも1920年代になっても、人種差別を定めた移民法を設けていた。そんな州内であるから、クラン(KKK)が州内を大手を振って活動し、人々は、うっかり異人種との性の問題などを話題にすることも憚られるようになった」。

「中でも白人至上主義のピアニストが出てきて、アングロサクソンクラブを造り、そこが中心となってダーウィンの説だと称して怪しげな優生学を振り回した…黒人らは、あの忌むべき雪男と人間との中間に位置する劣等人種だとの烙印を押すためである…そんな中で、この州法が作られた…その法律が、今やヴァージニア州民の人格を侵し、自由を奪っている…これは、国の憲法、修正ⅩⅣの文言に真正面から反するものだ…」 [4]。

さて、こうした法律の世界での話しは別としても、アメリカ社会一般の受け止め方は、まだまだあまり改まっていないということも、NPRは報じている。
9年前に結婚した白と黒の2人と3人の混血の子供が、世間で、どんなふうに見られ、扱われているか。
その上で、ピュー研究所のデータを引用する。
それによると、先ず既婚者全員に対する聞き取り調査では、1976年にその中の3%だけが異人種婚姻だったものが、2015年にはそれが10%に上り、また新婚さんだけをとると、1967年に3%だった異人種婚姻の率が、2015年に17%に上っているという。

第2の調査として、黒人以外の周囲の人々が異人種婚姻にどう反応するかの問題では、黒人との結婚に対しては、1990年に63%もの人が否定的評価だったのに対し、2016年にはこれが14%に下っている。
また、アジア系ないしヒスパニックとの結婚に対しては、(否定的な人が)5人に1人の割合から、10人に1人の割り合いへと下がってきている、という。





[1] 当時、ヴァージニア州を含む16州で異人種間の結婚を禁じていた。

[2] Loving v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967)。結婚(権)は、アメリカの人権憲章中では明文がないが、先例は、これを繰り返し肯定してきていたところ、異人種間においても、「幸福追求のため不可欠な人権…」とした(小著、「アメリカの憲法成立史―法令索引、判例索引、事項索引による憲政史―」2015、p.977以下)。

[3] 初期のヴァージニア州、ジェイムズタウンの入植者John Rolf(1585~1612)がインディアンの族長Powhatanの娘ポカホンタスと結婚したことから、その子孫のことを指している。

[4] 修正ⅩⅣ,1(第2文)は、“no state shall make or enforce any law which abridge the privileges… of citizens of the United States…”と定める。
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