トランプ大統領の弾劾はあるのか?

共和党議員らが野球の練習に来ていたワシントン地区(D.C.)郊外の野球場に、6月14日、66歳の白人が近づいてきて銃を向け、50発以上打った。
議員を含む5人が重軽傷を負い病院へ運ばれた。
議員らは翌15日に恒例の民主党議員との間の交流試合に備えて練習しようとしていた。

犯人の白人はイリノイ州在住の男で、政治的には民主党のシンパで、ウェブ上で共和党を、中でもトランプ大統領をひどくこき下ろしていた。
この恐ろしい事件のため、同日、すっかり隠れてしまったかのような重大ニュースが存在する。

その肝心の憲法上の重大ニュースと言うのは、「民主党の196人もの議員らが、トランプ大統領を訴えた」、という前代未聞に近い記事である。
アメリカのことだから、前代未聞の事なぞない筈であるが、この数は間違いなく最大である。

トランプ大統領に対するこの手の訴訟は、これが初めてではない [1]。
既にホテル業者などの私企業も訴えているほか、最近になって、メリーランド州とワシントンD.C.の2つも訴え出た。
いずれも、その司法長官職の人が民主党だという。
訴訟の請求原因は、いずれも憲法違反である。

中でも、「報酬受取禁止文言」(Ⅱ,1.(7))に反したという点にある [2]。
大統領の所有するワシントンの豪華ホテルには、今年初め、サウジの王族など多数が泊まり数十万ドルを落として行ったし、クェートも、そこで国の会議を開いていたという。
それにより、市内の他のホテル業者は収入を失ったとし、またメリーランド州なども地元の利益が侵されたとしている。

では、如何なる請求をしているかと言うと、メリーランド州とワシントンD.C.司法長官職の2人が主張したのは、民事上の損害である。
州や地区がトランプホテルにより損害を受けているという(6月14日NPR)。
つまり、ホテル業者等の私企業による請求と同じである。
そこに多少の無理が感じられるのみならず、一番の問題は、この2つの州と地区が、原告としての当事者適格を、そもそも有しないのでは?と言う疑問がある。

このように、訴訟の見込みどころか、訴えが受理されるかにも疑問があるにもかかわらず、それでも敢えて訴えたのには、目的、動機が専ら大統領に対する「いやがらせ」、「自分達の満足(政治的ショーを楽しめる)」にあるのだろう、とされている。

大統領のやっていることが「政治的に不法だから」とかいうのであれば、いや「不当だから…」と言うのであっても、それに対し打つ手は別にある。弾劾である(憲法Ⅱ,4)。
「大統領でありながら、ホワイトハウスからほんの数分のところに豪華ホテルを構え、アラブの王様初め世界中の要人などをひきつけている…」
として、トランプ氏の素行を問題にしたいのならば、しかも196人の議員らでそれをしたのならば、憲法という「この上ない武器がある」、それが定めている「弾劾と言う武器がある」。

それをやらないで、成功の見込みも全くない、いわば「姑息」な手段に出た、その理由は明白だ。
今の議会では、上、下両院とも、共和党が多数を占めているからだ。

弾劾を持出すためには、先ず下院が(下院のみが)有する弾劾権を発動しなけれは何も起きない(Ⅰ,2.(5))。
更に弾劾が起こせたとして、これを受けて、上院が弾劾裁判所を構成して、そこで有罪判決に相当する弾劾決定を下さねばならない。
しかも、これは上院全体の3分の2の特別多数を必要とする [3]。
憲法の弾劾条文中には、treason, briberyとその他のhigh crimes and misdemeanorsが要件として並べられている。
これも所詮、今の議会民主党の力では無理な話である。
憲法の報酬規程違反を理由に現役の大統領を刑事訴追することは(大陪審には)できない。
法的に唯一可能なのは、議会による上記弾劾手続である。






[1] 大統領就任(1月20日)直後にも既に、CREWという憲法学者や元政府役人(倫理担当)らによる市民グループが訴えていた(CREWは、Citizens for Responsibility and Ethics in Washingtonの略である)。

[2] この憲法の報酬規程(Ⅱ,1.(7))を受けて、たっぷりA4 2ページにわたる連邦刑法18 U.S.C.§201、「公務員の買収」条文がある。

[3] 240年余りのアメリカの憲法史を通して、弾劾の裁判はたった2件しか記録されていない。南北戦争直後のアンドリュー・ジョンソンと、近時のWilliam Clintonの2人に対するものである。弾劾裁判で有罪とされた大統領は、まだ1人も出ていない。ジョンソン大統領の場合は、35対19、つまり1票の差で有罪を免れている(クリントン大統領は、偽証と司法阻害という2つの罪状につき、各45対55と50対50であった)。
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