連邦議会下院議員ジョン・ルイス氏

ジョージア州選出の連邦議会下院議員ジョン・ルイス(John Lewis)の名を聞かれた方も少なくないであろう。

アラバマ州の貧農(いわゆるshare cropperという小作農)の三男として1940年に生れ、バプティスト(洗礼派)神学校からテネシー州にあるフィスク大学を出ている。
その間、黒人らの地位向上のための非暴力の公民権運動に加わり、その中心的団体の1つSNCC会長も務めていた。
公民権運動盛んなりし1960年代には、その中心的な人物、キング牧師らを含む、いわゆる“Big Six”の中に入っている。
1986年以来、ジョージア州からずっと連邦議会下院議員に当選してきている。

ルイス氏を公民権運動に目覚めさせたその人も、キング牧師だとされる。
11歳年下の彼は、ハイティーンの時にキング牧師や女性の公民権運動の先人、ロサ・パークスの話をラジオで聞いて、大いに刺激されたという。

ここで同氏のことを述べるのは、メディアでも大きく採り上げていたトランプ大統領との間の喧嘩(2017年1月)についてである。
喧嘩は、先ずルイス氏が、大統領就任式の前1月13日になって「自分はこれまで大事な式を欠かしたことはないが、今回ばかりは欠席する…」と流した。
理由として彼は、トランプ大統領の選挙にロシアが介入していたとのニュースを挙げて、正しい大統領ではない「インチキ大統領だ」としていた。

トランプ大統領も、翌1月14日(土)、直ちに反撃している。
「あの男は何だ!何も実績がなく…只喋りまくるだけじゃないか…」という訳である。
「そんな暇があったら、自らの選挙区のために、なにか1つでも役に立つことをすべきだ!…何しろ酷い状態の選挙区だからな!」

この2人の間の喧嘩につき、先ず「大統領らしくない」と非難するワシントンポストは、ネット上で次のようにコメントに入っている。

「たしかに、ルイス氏は先に攻撃した。それにしても、キング牧師の祝日を控えての大統領の反撃は気を滅入らせ、国民的困惑を引き起こすものだ。人種分離に対し闘い続け、その根気強い活動で、生涯40回も投獄された活動家で、何百万人ものアメリカ人が新たに投票権を行使できるように努力してきた人に対し、自らの頭が割られても、まだ闘い続けた人に対し、『只お喋りなだけ…何も行動しない!』はないだろう。本誌上で、2人の実績を比較してみようじゃないか」。

1960年、トランプ14歳で、ルイスは20歳だ。
2人とも早くも仲間の中で頭が抜け出していた(ルイスはフリーダム・ライダーズの当初の13人の1人となっていた)。

1963年、トランプは私立中学で腕白ぶりで有名になっていた一方、ルイスはあの「職と自由を求めたワシントンへのマーチ」を、キング牧師らとともにリードしていた。

1965年には、例の「血の日曜日」である。ルイスは、セルマからのマーチで橋の上で警察隊により頭を割られた。

1973年、トランプ氏は(父のフレッドとともに)司法省から人種差別で訴えられる。一方のルイスは、全国的な投票権者教育プロジェクトを行っていた。

1981年、トランプ氏は、彼の本拠トランプタワーの土地を買収した(同土地上には古いビルが建っていたが、トランプは追い出すために、電気と水道を止めたとしている)。ルイスは、アトランタ市議会に選出された。

1987年、トランプの本「交渉技術」が出版された。ルイスは、連邦下院議員に選出されている。


以上の対比年表に加え、ワシントンポスト紙のネット担当者は、次のようにコメントしている。

トランプ氏は、そもそもアメリカとその歴史についての十分な知識なしに、この国の著名な公民権運動家を誹謗・中傷しているのではないか。
彼の選挙区を「酷い状況」とか言っているが、ルイス氏の選挙区は、アトランタ市でも中流以上の、黒人が多く住む地区だし、第一、「黒人と言うと、犯罪者みたいにしか認識していない…」。

そんなトランプ氏が先週、今年のキング牧師記念日に、ワシントンのモールにある国立(黒人史)博物館に行くと言っていたので、「それは結構なことだ!」と喜んでいたが、キャンセルしたという。
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